ブランパンが「ヴィルレコレクション」という名称を使うようになったのは2002年から。しかしその前身となるモデルは、1983 年から存在していた。同社は以降、わずか6年間で6つの傑作をリリース。それらはブランパンの方向性を決定付けただけでなく、時計業界そのものに大きな影響をもたらすことになった。
今やブランパンの名前とともに、ドレスウォッチの代名詞的存在となった「ヴィルレ」コレクション。今の盛名を得たのは間違いなく、1992年のスウォッチ グループによる買収と、そして同グループのハイエック・シニア、そして今もブランパンの代表取締役社長兼CEOを務める、マーク A.ハイエックの功績だ。
もっとも、マークが「(ブランパンは)新たなデザインの地平を切り開き、時計製造業界全体が後に続く道筋をつけた。複雑機構を再び導入することで、人々の機械式時計への関心を取り戻した」と語った通り、同社の「シックス・マスターピース」がなければ、ブランパンはもちろん、以降の機械式時計の在り方は、ずいぶん違うものになっていたのではないか? そしてスウォッチ グループも、ブランパンを買収することはなかっただろう。
ムーンフェイズ付きのコンプリートカレンダー(1983年)、ウルトラスリム(84年)、パーペチュアルカレンダーとミニッツリピーター(85年)、スプリットセコンドクロノグラフとフライングトゥールビヨン(89年)に、その集大成である「グランド・コンプリケーション」(91年)。今でこそ注目されにくくなったが、このコレクションは、今の時計史を語るうえで絶対に欠かせないものだ。
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垂直クラッチ付きの自動巻きクロノグラフを普及させた立役者が、1989年初出(諸説あり)のCal.1185だ。シリコン製ヒゲゼンマイを採用した後継機は今なお第一線級である。自動巻き(直径26.2mm、厚さ5.5mm)。37石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約40時間。
ブランパンの創業者であるジャン-ジャック・ブランパンは、ヴィルレ村の記録に従うならば、1735年に時計職人として登録された。現在ブランパンが、世界最古の機械式時計ブランドと称する理由である。農家の納屋で創業されたこのささやかな時計会社は、1932年に直系子孫のフレデリック・エミールが死去するまで家族経営が維持された。
ブランパン家から経営を受け継いだのは、ベディ・フォスターとアンドレ・レアルである。当時の法律によると、社名はオーナーの名前か、もしくはそれ以外でなければならなかった。そこでふたりは、社名をヴィルレの音訳アナグラムである「レイヴィル・ブランパン」と改めた。
フォスター家のイニシアチブの下、急速にビジネスを伸ばしたレイヴィル・ブランパン。しかしさらなる拡大を目指して、同社はオメガなどが形成するコングロマリットのSSIH(現スウォッチ グループ)に加わった。これは同社にさらなる成功をもたらしたが、1970年代の半ば以降、ビジネスは急減。75年にはムーブメント専業メーカーへと方向転換を余儀なくされ、80年にはオメガに吸収されてしまった。
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